神楽坂で石見神楽

 

 

ランドセルにぶら下げた、母お手製のリコーダーケース。

中に入れていたのはリコーダーに加えてもうひとつ、横笛であった。

夕焼けの帰り道で、その日教えてもらったばかりの祭囃子を何度も何度も

吹き続けた記憶。

横道から香ってくる、どこかのおうちの夕飯のにおい。

音が香りと結びつき、記憶に残る。

たとえ忘れていても、どちらかと触れ合ったとき鮮明に思い出す。

 

私の「神楽」の記憶も同じだ。

広島に生まれ育ったため、何度か石見国(島根県西部)の神楽を見る機会があった。

演目は「大蛇(おろち)」で、須佐之男命(スサノオノミコト)が大蛇を退治し、助けた娘

奇稲田姫(クシナダヒメ)と結婚するというお話だ。

文字にするとロマンティックなお話だが、スサノオの猛々しい表情と金糸銀糸を織り込んだ

絢爛豪華な衣装、とぐろを巻く大蛇の口から吹き出される炎が恐ろしいばかりだった。

その煙の嫌なにおいとリズミカルなお囃子の音が、恐怖心とともに記憶に残っている。

 

そんな私が、池澤夏樹の新訳「古事記」を読んで改めて神楽に興味を抱いた。

都内のどこかで見ることはできないかと調べていたところ、神楽坂まつりにおいて毘沙門天

善国寺の境内で上演されることを知った。

「神楽坂」という名前は、昔この坂で神社が奏でる神楽の音が聞こえていたということに

由来している。

また、神楽坂藝術座の創設者・島村抱月が島根県浜田市出身ということもあり、この地で

島根県の石見神楽が上演されることとなった。

 

この日の演目は、「恵比寿」

恵比寿様は八重事代主命(ヤエコトシロヌシノミコト)という名前で、大国主(出雲大社の主祭神)

の第一の皇子で、とても釣りが好きな神様。

神楽の中では、旅人が出雲大社巡礼の途中、美保神社に参詣し宮人に当社の祭神の縁起を尋ね、

祭神の神徳を承る。その後、恵比須様が現れ、鯛を釣り上げ寿福を顕すというとてもおめでたいお話。

 

腰に巻き付けた魚籠から、鯛釣りの撒き餌を投げ込む恵比寿様。

鯛ではない雑魚(観客)も撒き餌(飴玉)に群がる。

 

立派な鯛も撒き餌につられて近づいてくる。

 

楽しそうな恵比寿様。

 

鯛を釣って歓喜する恵比寿様。

 

恵比寿様の喜びの舞を見て、私達もつられて笑う。

 

「国を始めて急ぐには。

国を始めて急ぐには。

四方こそ静かに釣りするなり。」

 

 

釣りをすること(待つこと)、笑うこと。

神楽坂を急ぎ歩く人々が立ち止まり、何かたいせつなことを恵比寿様に教えてもらった気がする。