茶の時間 ー編集後記ー

 

 

わたしは、お茶のことを知らない。

 

 

 

何かを知ろうとするとき

まずは「何も知らない」と、

自分自身を開くことから始めたい。

 

 

 

からっぽの自分を「開く」ということは、思いのほか難しい。

歩きながらでもネットにアクセスし情報を得られる現代において、知らないということは不安そのもの。

たとえ不確かな情報でもとりあえずストックし、自分自身を守る術にしたい。

そうやって集めたたくさんの情報に囲われ安堵できたとしても、やがて必ず気がついてしまう。

その不確かなもので自分自身が形成されてしまっていることに。

 

 

わたしは、お茶のことを知りたいと思った。

 

 

前日の雨を栄養分にチャの木が葉を広げ、太陽の光に照らされた新芽が、黄金の緑に輝いている。

手のひらの中でしか感じることができなかった茶葉本来の姿が、目の前に広がっていた。

八十八夜を迎えようとしていた茶畑。

どれだけの人の手と脚が動き、どれだけの時間をかけて私のもとに茶葉が届くのか。

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茶畑と茶工場の1日を取材させてもらって感じ得たのは、この「時間」だった。

 

あらゆる技術が発達しても克服不可能な制約条件である「時間」

限られた時間を奪い合うように、日々の生活で繰り返される時間を短縮する行為。

出かける時間、持ち帰る時間を短縮してくれる大手通販サイトのネットサービス。

美味しいお店を探したり、夕飯のレシピを考える時間を短縮してくれるネットサービス。

そうやって時短、時短、と掻き集めた時間を、どうやって有意義に過ごすか。

 

この節約と創造のふたつの時間の価値が対極化する世界になっていくのだと、私は思っています。

 

自分のために使う時間。

自分のために使われた時間。

この尊い時間の価値を、お茶が教えてくれるような気がしています。

 

今回、大井川茶園様のお力添えにより、「ホホホ茶」をつくることができたことは

Kiri Tori Senのはじまりとして、感謝と喜びを感じています。

消費される飲料としての価値とは少し違う、お茶がもたらす空間的な価値を

少しずつ私たちなりに伝えていければと思っています。

 

 

わたしは、お茶のことを知らない。

わたしは、お茶のことを知りたい。

 

 

あなたは、お茶のことを知っていますか。

 

 

………………………………………………………………………………………………………Kiri Tori Sen(Mio)